Production Note

立ち入り禁止の孤島、スクリーン初公開

本作の舞台となった、ソウル市内を流れる漢江の中にある孤島、パム島。川を走る観光遊覧船からも見渡すことができるこの小さな島は、過去10年間、生態景観保全地域として一般人の立入が制限されていた。今回、『彼とわたしの漂流日記』で初めて正式に撮影を許可された。2008年夏、最小限のスタッフと装備で初上陸する。撮影が許されたのは、パム島の砂浜のみ。10回ほどの撮影の間、パム島の生態系を損なわないために食料の搬入や飲食が禁止されていた他、トイレ利用は漢江の水辺までボートで移動しなければならないなど、苦労は多かったが、スタッフ総出で生態系に配慮をし、無事撮影を終えた。長い間、人が足を踏み入れていないため、密林のような神秘さを宿しているパム島と、高層ビルが燦然と立ち並ぶコスモポリタン、ソウル。その両者の不思議な対比も見どころのひとつである。

ハンティング列伝、第二のパム島を探して全国を渡り歩く!

製作スタッフは、パム島で撮影できないシーンを撮影するため、3カ月ほどかけて韓国全土の川辺と森をロケハンし、忠清北道忠州・南漢江〈ナムハンガン〉一帯を見つける。そこはほどよい砂浜と背後に広がる野生の森、そして少女がキムを観察するショットを撮影できる距離など、難度の高い条件をすべてクリアできる川辺だった。地元の協力を得て、追加の砂を川辺に運んだり、進入路などの工事を進め、第二のパム島を完成させた。また、パム島の森を再現すべく、忠州、ヨンドン、チョンウォンの3か所の森を合わせて風景を作り出した。特に、パム島に漂着したシーンでは、人を寄せ付けない雰囲気の漂うヨンドンの森で撮影し、安定的に生活を始める映画の中盤から後半にかけては、温和な印象のチョンウォンの森で撮影した。キムの心理の変化に合わせて、風景にもこだわった。

キムの開かれた空間 × “わたし”の閉ざされた空間

イ・ヘジュン監督自ら“空間に対するコンプレックスから出発した映画”と語っているように、『彼とわたしの漂流日記』は人物や空間の変化、相互作用という要素が排除されているかに見える。しかし、キムが暮らすパム島という開かれた空間と、少女が暮らす狭い部屋という閉ざされた空間は、キャラクターの特性をより際立たせ、その対比を視覚的な演出にも貢献している。パム島での撮影はステディーカムを活用し、人物の複雑な心理をつかみとるために最適なカメラワークを駆使した。一方、少女の部屋での撮影は、動線を確保できないという短所があったものの、表情のディテールを映し出した。キム・ビョンソ撮影監督は、限られた空間の中で細かい感情を逃さずに捉えることにこだわり、本作が一個人の物語ではなく、普遍性を持った物語として広がりを見せることに大きな役割を担った。また、照明監督のシン・ギョンマンは、キムの影が時間によって変わるのを防ぐため、同一の光量を作り出すことに注力した。真昼の自然な日差しを表現するために、LED照明を導入した他、鏡を利用した装置も作った。キムの存在を見つけ、窓が少しずつ開くにつれて明るさを増す少女の空間では、部屋のゴミの質感や重量感まで生かすよう心がけ、きめ細やかな照明で感情の変化を映し出した。

チョン・ジェヨン × チョン・リョウォン キムと“わたし”に生まれ変わるまで

撮影前、俳優が役柄に合わせてダイエットをするのは目新しいことではないが、撮影中に行われるとなるとそれほど多くはないはずだ。チョン・ジェヨンは、劇中6カ月の間に見せる外見の変化を、撮影中の3カ月間で表現する必要があった。普通のサラリーマンと変わらなかった姿は、無人島の生活によって余裕を取り戻した後、機敏な体とがっしりした筋肉、黒く日焼けしていく。チョン・ジェヨンは撮影中に食事を抜いて運動するだけでなく、毎晩、日焼けまでしなければならなかった。そしてベテランのメイクチームの手を経て、長い髪とひげが自然に見える“パム島のキム”となった。元々スレンダーなチョン・リョウォンも、並々ならないダイエットに加え、撮影前にテントの中で寝起きしながら、息苦しさを身を持って体験した。撮影後は自ら濃いくまのメイクを提案し、引きこもりの女になるための努力を惜しまなかった。